第1章 魔王と勇者

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第1章 魔王と勇者

 この世界は、2つに分かれている。人間界と魔界だ。人間界には無数の王が存在し、戦争や権力闘争に明け暮れている。その一方で、魔界では、最も強力な力を持つ者一人が魔王に選ばれ、平和的に世界を治めていた。2つの世界は隣り合っていたが、魔王が建てた長い砦で隔てられて、280年の間、互いの世界の者は交わらず、平穏に棲み分けていた。しかし、その砦がここ20年、人間側から侵されている。  この日も、魔王城に憂鬱な知らせが届いた。南の地区で、10数人の人間が砦を乗り越え、魔獣を襲撃したらしい。  謁見の間で報告の巻物を読みながら、黒く艶やかな長髪をかき上げ、疲れたように魔王『ローゼノム』はため息をついた。ローゼノムは、今年で542歳になる、優れた王だ。人間の感覚で言うと、これでもまだ30歳に入ったばかり。その治世は、はや300年に渡っている。背丈ほどにも伸びた黒髪を毛先にほど近いところでゆったりと括り、こめかみの辺りから婉曲した黒い2本の角を生やしている。肌は白く、背は高い。顔立ちはスッキリと整っていて、形の良い高い鼻に、美しい紫の瞳に掛かるまつげも長かった。絵から抜け出したような美男子だが、彼は全くと言って良いほど自分の容貌に無頓着だ。彼の関心は、もっぱら魔植物学と、魔獣の生態学にある。  そのため、この度の人間達の蛮行には、酷く心を痛めているのだ。 「ゴート。人間達は、身に余る貪欲さから自分たちの土地を枯渇させ、今度は魔界の資源にまで手を出そうとしている」  ローゼノムは、足元から見上げてくる1メートルにも満たない魔山羊の宰相に、ゆっくりと目を落とした。宰相は頷き、白い耳をピクピク揺らす。 「まったく、嘆かわしいことですな。陛下の仰せの通り、すでに兵を派遣し、魔獣を守るよう言い渡しておきました」 「うむ」  ローゼノムは頷いてから、しかし、と付け加えた。 「決して人間を殺さないように、と注意しておいたな? 人間は執念深いし、私は例え相手がどんな下等な生物であっても、殺すことは好まない」 「はい、陛下。もちろんでございます」  宰相は礼を取り、深く敬意を示す。 「陛下の優しいお心の内は、兵達にしっかり申しつけてございます」 「ならばいい」  ローゼノムは宰相との話を終え、下がらせる。巻物を台に置き、ローゼノムは目を瞑った。
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