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キッカケはほんの偶然だった。私が収容されている監獄の食堂で、目の前を歩く囚人が、
足元に転がったスプーンを拾い上げ、そのまま靴の中に滑り込ませた。
明らかな違反行為であり、看守に言えば、即座に懲罰確定の出来事だ。しかし、私自身、
この町の行政部の汚職の身代わりとされ、収容された身。
今更、役人共に媚びへつらう道理もなかったので、その場を歩き去った。所定のテーブルに着き、木の実入りの不味いスープをかき混ぜる自身の前に、先程の囚人が座る。
顔を上げれば、角ばった顔に一本の刀傷が入った強面。その岩石みたいな顔についた
二つの眼がこちらをじっと見据えている。だが、世の中、何もかもに憔悴しきった私には
関わりになる必要も、揉め事も起こす気もない。黙ってスープを腹に詰めると、看守を呼び、
自分の獄舎に戻った。
すきっ腹を抱え、藁の毛布にくるまっていると、看守が先程の男を連れて、牢屋の鍵を
開けた。監獄特有の“私刑ゲーム”の対象にでもされたか?と少し身構える私に、
男は黙って、手に持った黒パンを二つにちぎり、こちらに差し出す。貴重な食事を惜しげもなく寄越す所を見ると敵意は無いらしい。そして看守を従える所を見ると、監獄内での
男の影響力の高さを計り知れる。
パンを受け取り、貪るように食べる私に、男は“何故捕まったか?”を聞き、先程の自分の
行為を見逃した理由を尋ねた。ありきたりな回答を答える私に、満足したのか?
男は少し笑い、荒っぽいが、よく通る声で話かけてきた。
「つまり、あんたは元役人さんかぃ?面白いな、先生。俺は“バーンズ”先に言っとくが、
さっきのスプーンは脱走用じゃねぇ。ここは知・り・合・いが多いから、その必要はねぇ。」
そう言って、パンを口に放り込む彼と、私の交流が始まった。
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