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「お疲れ様、星宮くんっ!」
「ああ、ありがとう」
すれ違う女子生徒から次々に労いの言葉をかけられている。そして返事を返す度に上がる黄色い歓声。
廊下を歩いただけでこれだ。困ったものだ。
と、龍之介は思いはしたが、特に困るものでも無かったので放って置いた。それに、なんだか悪くない。
「……うっ!」
「っ! すまない!」
前方不注意で誰かにぶつかった。よくよく見ると、それは女子生徒で。
ヒーローたる者。不覚を取る訳にはいかないよな。
そんな思考が一瞬湧いたことに、少しだけはにかみつつ、片方の手で女子生徒の手を取り、もう片方は背中に回す。見事に後ろへの転倒を阻止し、見栄えもカッコいいというオマケ付き。
「大丈夫か? 怪我は、ないか?」
「……っ!」
黒いおかっぱ髪にメガネの少女。見る者を吸い込んで行きそうな漆黒の瞳が印象的で、頬は赤く染まり、目は驚きで見開かれている。
そして我に返った少女は事の重大さに気づいたらしく、手を咄嗟に払い退け、そのまま礼も言わずに去って行った。
「あっ、キミ……!」
落としたハンカチにも気づかずに。
「……」
困ったものだな、と僅かに唸った龍之介は仕方あるまいとハンカチを綺麗に折り畳んで制服の胸ポケットにしまった。
「一体、誰だったんだ……」
その日は、見知らぬ少女のことが不思議と頭から離れなかった。
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