三月下旬

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 受験が終わるまで先輩は殆ど部活に顔を出さなかった。一本は結局取れていなかった。  三月、卒業式の日、部活に顔を出した先輩は無事に某有名国立大学に合格したと教えてくれた。部員全員が我が事の様に喜んだ。  先輩は、感覚を取り戻すかのようにほぼ毎日稽古に顔を出した。そして、ブランクを感じさせない圧倒的な強さも健在だった。少しは強くなっているはずの俺だが、やはり一本も入れる事は出来なかった。  そして三月下旬、今日が先輩の来る最後の日だ。明日先輩は実家を発って遠い町へ向かうらしい。  自然と今までの事が思い出される。結局今まで一本も取れていない。今日がラストチャンスなのに全く気負いはなかった。何故か、ただ懐かしかった。  稽古の最後に試合をすることになった。まず後輩たちが先輩に立ち向かっていき、皆あっさりと二本とられて終わった。次に二年生、苦しい稽古を積み重ねてきたにも拘らず、やはり先輩は苦も無さげにこれを倒した。  最後、俺の番だ。礼、蹲踞を終え、先輩はピタリと切先をこちらに向けて構えた。面の奥からこちらをすっと見据える視線と目が合った。  俺は、二年間心の底にため込んだ想いを吐き出すかのように全力で叫んだ。  切先での小競り合いもそこそこに、初撃から俺は全力で小手を打ち込んだ。あっさり躱されるが、カウンターの一発は来なかった。再び小休止を挟み、先輩の竹刀を下げて面を狙おうとしたが反応が早く打ち込めない。  先輩の方からも容赦なく連撃が飛んでくる。しかし、俺は奇跡的な反応を見せてそれを回避した。少しだけ先輩の目が見開かれた、気がした。  そこから俺達は小康状態、というより先輩の猛攻を俺が凌ぎ続ける状態に陥った。それは存外心地よく、このまま続いて欲しいとさえ思えた。そう思いながらも、俺は避け続け、じっと隙をうかがい続けた。  そして、生まれた一瞬の隙に俺は面を打ち込んだ。パシーン、と快音が鳴る。  「一本!」  顧問の先生は、先輩の側の旗を上げた。  見事な相面を決めた先輩は、竹刀を構えてこちらを見ていた。真剣の様に鋭い視線と再び目が合った。  二本目は、先の攻防が嘘の様にあっけなく取られた。
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