0人が本棚に入れています
本棚に追加
「水口さん、このクッキーに牛乳はいらないよ」
俺は何処の部にも属してはいないが、家庭科の教師から腕を買われて、度々料理研究部に顔を出していた。部員にコツやらレシピやらを教える為である。部員の面々も部に入るくらいであるから、当然皆の技巧は相当なものだ(例外はいる)。しかし俺はそれを凌駕する手捌きをしているらしい。家庭科の盛岡先生から「竜石、お前は想像を絶する苦渋を経験してきたのだろう」と労うように肩を叩かれたが、勿論そのようなことはない。
両親が共働きで、小学生時代は家に一人でいることが多かった。俺の自立を急いていた母は、朝食は作っておいてくれたものの、夕食は用意しなかった。学校から帰宅すれば、決まって盆の上にレシピが乗っていた。好物だったら文句はないが、敢えて俺の苦手な物を入れたレシピが揃えられていたように思う。俺の好悪をなくす目的だったのであろう。しかし、如何に出来の悪い子どもであろうとも、悪知恵だけは働くものである。俺は苦手な物を一切使わずに調理をした。目敏い母は直ぐに勘づき、嫌がらせの如く俺の好物の悉くを冷蔵庫から排除した。冷蔵庫の中身を見た瞬間、調理をボイコットする策が浮かんだが、負けを認めるようで癪に触る。そこで俺は食材と悪戦苦闘しつつ、苦手な物を美味しく調理する方法を編み出したのであった。
それから俺は料理の虜となった。中学に上がった頃には、どこのレシピ本にもCOOKPADにも掲載されていないオリジナルレシピで夕食を作ることが当然になった。処か、朝食担当にもなってしまった。高校では弁当まで自作であるから、三食分、しかも朝食・夕食は家族三人分、一日合計七食分担っていることになる。
料理は一番の趣味なので一向に構わないし、むしろ嬉々として作っていることは否定しない。ただ、その所為で勉学が疎かになっていることもまた事実である。
最初のコメントを投稿しよう!