第二十九章 上司と部下

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 愛と狂気は表裏一体。  馨のように、愛する者のために身を引くような美しい愛し方、俺には出来ない。なら、俺は狂気に満ちた愛を貫く。  馨に恨まれても、憎まれても構わない。  その恨みや憎しみを受け止められる距離に居続けられるのなら、それでいい。  馨が俺を罵りたい時に罵れる距離。殴りたい時に殴れる距離。  俺って、やっぱMか?  以前、酔った馨に縛られた時にも思った。  身動きの取れない状況で、これ以上ないほど興奮した。  ま、馨限定だな。  自分の考えに可笑しくなって、思わずふっと声が漏れた。  まだ薄暗い明け方で良かった。  そうでなきゃ、無精ひげを生やしてにやけ顔で歩いている、ただの変人だ。  そうだ。  こんな姿で放り出されたのは初めてだ。  だから、こんな姿で一生に一度の大勝負をしなきゃならないのは、俺のせいじゃない。  ドアの前で泣くと脅したり、縛られて興奮したり、プロポーズした直後に追い出されたり。馨と付き合ってからの俺は散々だ。俺がしたことを知ったら、どうなることやら。  腹の傷が増えるかもしれないな、と思った。  馨に愛された証なら、どんな傷も甘んじて受けよう。  それでも、馨に拒絶されたら……。  俺は一抹の不安に蓋をした。  大丈夫。  切り札はこの手(ここ)にある――――。  俺は覚悟を決めて、切り札を差し出した。
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