第二十九章 上司と部下

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「で? どうすんだよ。こっちは三週間ぶりに惚れた女を前にして、我慢の限界に挑戦中なんだよ。俺が選ばせてやってるうちに答えないと、問答無用で――」 「なんでこんなことするのよ! 言ったでしょ!? 私にはもう、共犯者は必要ない!!」 「わかってるよ。俺たちはもう、共犯者じゃない」 「だったら――」 「だから、だろ! こんなことをしてまでお前が欲しいって、なぜわからない!?」  息がかかる距離で大声を出されて、馨が委縮する。  怖がらせたいわけじゃない。  俺はデスクから手を放し、三歩下がった。 「安心しろ。上司と部下である限り、お前が求めなければ、俺はお前には触れない」  自分を戒めるように、言った。  本当は、黒のパンツスーツを引きちぎって、素肌に触れたい。  だが、そんなことをしても、馨を取り戻せない。 「俺はお前に愛してると言った。あとは、お前次第だ」  馨が、自分の気持ちに正直にならなければ、意味がない。  どんなに馨が欲しくても、無理やりに抱いて、また拒絶の言葉を投げられるのならば意味がない。 「デスクでのセックスをお望みじゃないのなら、社内を案内させていただきますが? 専務」  俺は背筋を伸ばして言った。仕事用の顔で。  馨はジャケットの襟を正し、同じく仕事用の顔に切り替えた。 「お願いします」 「……セックス?」 「案内!」 「冗談ですよ」  こんな感じで、俺と馨は『上司と部下』になった。
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