第二十九章 上司と部下

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 驚いたのは、馨が立波リゾートに興味がないことを知っていたから。  納得したのは、そうすることがすべてを丸く収める方法だから。  重役たちとの飲み会の後、帰る車の中で馨は眠ってしまった。俺がちょっと目を離した隙に、常務に日本酒を勧められて飲んでしまったから。  何とか最後まで目を開けていられたのは、緊張感とキンキンに冷えたミネラルウォーターのお陰だろう。 「着きましたよ、専務」  起きるはずがないことをわかっていて、俺は一応声を掛けた。  正面のエントランスをぐるっと一周して、地下駐車場に向かう。入り口(ゲート)の前で停車し、馨のバッグを物色してカードキーを探し出した。馨の部屋の番号が書かれたスペースに車を停め、彼女と彼女のバッグを抱えて降りた。  久し振りの馨の感触。  見た目にも気づいていたが、痩せた。  俺が怪我をする前、もう二か月も前になるが、その時からどんどん痩せていく。  一緒にいる間はきちんと食事を取らせているが、以前ほどの量は食べていないし、なにより、食べていても幸せそうではない。  俺はセキュリティのカードリーダーにカードキーを滑らせた。四桁のパスワードが必要らしい。そこまでは、知らなかった。 「馨、パスワードは?」 「……ん」 「マンションのパスワード」 「たん……じょ……び」  誕生日?  そんな簡単なパスワードでいいのか、と思いながら、『0923』を押した。扉は開かず、ディスプレイには『Error』の文字。 「馨、本当に誕生日か?」 「うん……」
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