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「おはようございます」
明らかに起きているのに、返事がない。
「専務?」
「――どうしてっ……いるの?」
布団の中から曇った声が聞こえた。
俺はオーブントースターに食パンを二枚入れて、タイマーを回した。ジーッと機械音がしだして、ランプが徐々に赤くなる。
「食事の用意が出来てますから、シャワーを浴びてきてください」
「雄大さん!」
秘書になってから、馨は俺を『槇田さん』と呼んでいた。だから、『雄大さん』と呼ばれるのは一か月くらいぶり。
ちょっと、ジンとした。
同時に、『秘書』から『男』に、スイッチが切り替わった。
「今日から一緒に暮らすから」
「え!?」
ガバッと布団から馨が飛び出してきた。
「部屋は余ってるみたいだし、いいだろ」
目玉焼きとウインナーを皿に載せ、レタスを添えてカウンターに置いた。二人分。コーヒーが入ったカップも。
信じられないという顔で俺を見ている馨を尻目に、テーブルに皿とカップを置いていく。
家から持って来たジャムの瓶も。
「こんなことは……秘書の仕事じゃないでしょ!」
「上司の体調管理も秘書の仕事だろ」
「必要ない!」
「どこだがよ。冷蔵庫はほぼ空っぽで、台所はまるで生活感がない。そもそも、なんでリビングにベッドがあるんだよ。これじゃ、ワンルームのアパート暮らしみたいだろ」
馨はベッドの上で膝を抱えて蹲った。泣いているのかと、思った。
「関係ないじゃない……」
声の様子からすると、泣いてはいないよう。
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