第二十九章 上司と部下

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「おはようございます」  明らかに起きているのに、返事がない。 「専務?」 「――どうしてっ……いるの?」  布団の中から曇った声が聞こえた。  俺はオーブントースターに食パンを二枚入れて、タイマーを回した。ジーッと機械音がしだして、ランプが徐々に赤くなる。 「食事の用意が出来てますから、シャワーを浴びてきてください」 「雄大さん!」  秘書になってから、馨は俺を『槇田さん』と呼んでいた。だから、『雄大さん』と呼ばれるのは一か月くらいぶり。  ちょっと、ジンとした。  同時に、『秘書』から『男』に、スイッチが切り替わった。 「今日から一緒に暮らすから」 「え!?」  ガバッと布団から馨が飛び出してきた。 「部屋は余ってるみたいだし、いいだろ」  目玉焼きとウインナーを皿に載せ、レタスを添えてカウンターに置いた。二人分。コーヒーが入ったカップも。  信じられないという顔で俺を見ている馨を尻目に、テーブルに皿とカップを置いていく。  家から持って来たジャムの瓶も。 「こんなことは……秘書の仕事じゃないでしょ!」 「上司の体調管理も秘書の仕事だろ」 「必要ない!」 「どこだがよ。冷蔵庫はほぼ空っぽで、台所はまるで生活感がない。そもそも、なんでリビングにベッドがあるんだよ。これじゃ、ワンルームのアパート暮らしみたいだろ」  馨はベッドの上で膝を抱えて蹲った。泣いているのかと、思った。 「関係ないじゃない……」  声の様子からすると、泣いてはいないよう。
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