第二十九章 上司と部下

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 本当に馨が立波リゾートの社長になってしまったら、俺の社会的地位はどうやっても馨より下。  夫が妻の部下、ってのは避けたい……。  馨のそばにいるための苦渋の決断だったとはいえ、一生秘書で終わる気はなかった。  そんな俺の気持ちなど露知らず、馨は大胆に肩を出した薄い赤のロングドレスにショールという格好で、パーティーに出かけて行った。  俺のためにドレスアップしたことないくせに……。  欲求不満のせいか、いじけ癖がついてしまった。  帰りは社長が送り届けてくれることになっているから、俺は一人寂しくマンションに帰った。  ふと、オートロックの扉の前に立っている女性が目に入った。どこか、見覚えがあるような気がしたが、二十歳になるかならないかの年頃の女性に知り合いはいなかった。友達か誰かを待っているのだろう。  このマンションには、富裕層の家族も暮らしている。  そう思って、パスワードを入力しようとした時、ハッとした。女性の顔を正面から見て、確信を持った。 「桜……ちゃん!?」  見覚えがあったのは、馨から見せてもらった写メで、だ。  見せられた写メでは制服を着ていて、髪も黒く、化粧もしていなかった。  だが、目の前の桜は、ピンクのワンピースを着て、茶色く長い髪は毛先がクルクルと巻かれていて、化粧もしていた。唇が艶々輝いている。今日でさえ、馨はこんなに口紅を塗っていなかった。  絶対キスしたくない、な……。  不謹慎だが、正直な感想だった。
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