第三十章 三つの願いとたった一つの許し

1/18
前へ
/551ページ
次へ

第三十章 三つの願いとたった一つの許し

 ドレス姿の馨に見惚れた。  そして、ドレスをたくし上げて、隠れた素肌に触れたいと思った。  こんな状況にも関わらず。  馨の頬はほんのり赤く、けれど酔っているふうでもなかった。  一方の俺は、ソファの上で青ざめていた。膝の上には、桜。  桜の腕は俺の首に巻き付き、俺の腕は桜の肩を抱いていた。正確には、掴んでいた。  俺のジャケットは床に落ちていて、ネクタイが緩んでだらしなくぶら下がっている。桜のワンピースは太ももまでめくれあがっていた。  馨は目を見開いて立ち尽くし、瞬きはおろか、呼吸をしているかも怪しかった。  黛の言った通りだった。  桜は怖い女だ。  だが、俺はまだ堕ちちゃいない。 「やだ。見られちゃった」  悪びれることなく、桜は言った。  この状況は、どこからどう見ても恋人と妹の浮気現場。馨の中で、俺が恋人の立場(ポジション)にあるかは別として。  俺は桜の肩の手に力を込めた。膝から降ろそうとするより、馨の方が早かった。 「降りなさい、桜」  ホラー映画さながらの、低いどすの利いた声。ちょっとふざけて言うなら、メドゥーサのよう。今にも髪が湧き立ち、蛇に変わりそうだ。目を見たら、石のように凍りつくこと間違いない。  だが、桜はメドゥーサの妹。全く怯えていない。  その証拠に、俺の膝から降りようとはせず、むしろ顔を擦り寄せてきた。 「桜!!」  マンション中に響いたのではないかと思えるような、馨の怒声。  俺は勢いよく桜を突き飛ばし、立ち上がった。 「雄大くん、ヒドい」  雄大くん――!?  言葉もなかった。  なるほど。  こうやって黛は毒牙に落ちたのか。 「こんなことのために、わざわざ帰国したのか?」  俺は意味をなさないネクタイを解き、ソファに置いた。 「松野亨(まつのとおる)はこのことを知っているのか?」  桜の表情から、不気味な笑みが消えた。 「俺をハメて、いくら巻き上げるつもりだった」  桜はまたクスッと、不気味に笑った。 「五千万……くらい?」  予想以上の額に、怒りや呆れを通り越して、笑える。
/551ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3868人が本棚に入れています
本棚に追加