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第三十章 三つの願いとたった一つの許し
ドレス姿の馨に見惚れた。
そして、ドレスをたくし上げて、隠れた素肌に触れたいと思った。
こんな状況にも関わらず。
馨の頬はほんのり赤く、けれど酔っているふうでもなかった。
一方の俺は、ソファの上で青ざめていた。膝の上には、桜。
桜の腕は俺の首に巻き付き、俺の腕は桜の肩を抱いていた。正確には、掴んでいた。
俺のジャケットは床に落ちていて、ネクタイが緩んでだらしなくぶら下がっている。桜のワンピースは太ももまでめくれあがっていた。
馨は目を見開いて立ち尽くし、瞬きはおろか、呼吸をしているかも怪しかった。
黛の言った通りだった。
桜は怖い女だ。
だが、俺はまだ堕ちちゃいない。
「やだ。見られちゃった」
悪びれることなく、桜は言った。
この状況は、どこからどう見ても恋人と妹の浮気現場。馨の中で、俺が恋人の立場にあるかは別として。
俺は桜の肩の手に力を込めた。膝から降ろそうとするより、馨の方が早かった。
「降りなさい、桜」
ホラー映画さながらの、低いどすの利いた声。ちょっとふざけて言うなら、メドゥーサのよう。今にも髪が湧き立ち、蛇に変わりそうだ。目を見たら、石のように凍りつくこと間違いない。
だが、桜はメドゥーサの妹。全く怯えていない。
その証拠に、俺の膝から降りようとはせず、むしろ顔を擦り寄せてきた。
「桜!!」
マンション中に響いたのではないかと思えるような、馨の怒声。
俺は勢いよく桜を突き飛ばし、立ち上がった。
「雄大くん、ヒドい」
雄大くん――!?
言葉もなかった。
なるほど。
こうやって黛は毒牙に落ちたのか。
「こんなことのために、わざわざ帰国したのか?」
俺は意味をなさないネクタイを解き、ソファに置いた。
「松野亨はこのことを知っているのか?」
桜の表情から、不気味な笑みが消えた。
「俺をハメて、いくら巻き上げるつもりだった」
桜はまたクスッと、不気味に笑った。
「五千万……くらい?」
予想以上の額に、怒りや呆れを通り越して、笑える。
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