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心から、そう思う。
気にならないわけではない。
だが、俺の過去も褒められたものじゃない。
馨の手が、俺の手をギュッと握り返した。
「愛人なんかじゃ……ない……」
馨が、小さな声で、けれど、はっきりと言った。
「義父の愛人だったことなんて、ない」
偉そうなことを言ったが、馨が否定してくれてホッとした。
「だけど、桜が誤解するような『何か』があった……?」
馨が小さく頷いた。
「桜が見たことは……事実なの。義父からお金を受け取って、服を……脱いだ。けど、触れられたら気持ち悪くて、どうしても我慢出来なくて、逃げ出したの」
「どうしてそんな――」
「家を出るためのお金が欲しかった。あの家に私の居場所なんてなくて、息苦しくて、早く家を出たくてたまらなかったの。義父が私のことをいやらしい目で見ていたのは知っていたから、お母さんが亡くなって、私に触れようとする義父に言ったの。『お金をちょうだい』って」
馨の言葉を疑う理由はなかった。
高津も言っていた。
『馨は過去に、乱暴に扱われたことがあって男を怖がっていた』と。
「馨が逃げ出したところまでは、桜は見ていなかったのか」
馨が頷く。
「だが、ちゃんと話せば誤解は解けたろう?」
「話せなかったの……」
「どうして?」
「…………」
馨が唇を噛んだ。俺は親指の腹で、そっと唇に触れた。力が抜けた唇は、赤く噛み痕が残っていた。
俺は身を乗り出し、噛み痕にキスをした。
自分から言い出したとはいえ、よくこんなに長い間、触れずにいられたものだと思う。
自分の忍耐力を褒めてやりたい。
けれど、一度触れてしまうと、もう忍耐力なんて言葉の意味すら忘れてしまった。
馨が応えてくれたなら、なおのこと。
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