第三十章 三つの願いとたった一つの許し

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 心から、そう思う。  気にならないわけではない。  だが、俺の過去も褒められたものじゃない。  馨の手が、俺の手をギュッと握り返した。 「愛人なんかじゃ……ない……」  馨が、小さな声で、けれど、はっきりと言った。 「義父(ちち)の愛人だったことなんて、ない」  偉そうなことを言ったが、馨が否定してくれてホッとした。 「だけど、桜が誤解するような『何か』があった……?」  馨が小さく頷いた。 「桜が見たことは……事実なの。義父からお金を受け取って、服を……脱いだ。けど、触れられたら気持ち悪くて、どうしても我慢出来なくて、逃げ出したの」 「どうしてそんな――」 「家を出るためのお金が欲しかった。あの家に私の居場所なんてなくて、息苦しくて、早く家を出たくてたまらなかったの。義父が私のことをいやらしい目で見ていたのは知っていたから、お母さんが亡くなって、私に触れようとする義父に言ったの。『お金をちょうだい』って」  馨の言葉を疑う理由はなかった。  高津も言っていた。 『馨は過去に、乱暴に扱われたことがあって男を怖がっていた』と。 「馨が逃げ出したところまでは、桜は見ていなかったのか」  馨が頷く。 「だが、ちゃんと話せば誤解は解けたろう?」 「話せなかったの……」 「どうして?」 「…………」  馨が唇を噛んだ。俺は親指の腹で、そっと唇に触れた。力が抜けた唇は、赤く噛み痕が残っていた。  俺は身を乗り出し、噛み痕にキスをした。  自分から言い出したとはいえ、よくこんなに長い間、触れずにいられたものだと思う。  自分の忍耐力を褒めてやりたい。  けれど、一度(ひとたび)触れてしまうと、もう忍耐力なんて言葉の意味すら忘れてしまった。  馨が応えてくれたなら、なおのこと。
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