それは死んでも教えない

3/10
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「ご安心ください!! ここで裁判をお待ちいただくまでの間、皆さまには天国での生活を体験していただきます。衣食住はこちらで保障致します。汗水垂らして働かなくてもいいのです!! 娯楽ももちろんございます。裁判までの束の間の極楽をお楽しみください!!」  係員の男性のその言葉に、周囲のあちこちから安堵の声が聞こえた。私はというと、そんな上手い話があるのかなと疑いの気持ちが少なからずあった。そういう疑心暗鬼の人もいるという空気を察したのか、係員の男性は更に続けた。 「そんな上手い話とお疑いの皆さまもご安心ください。ここでは嘘は御法度。いくら私でも嘘をつけば閻魔様に舌を抜かれてしまいますので。 ……あ、ここは笑うところでーす」  辺りから(こら)えたような失笑が漏れた。とりあえず、私も笑った。確かに、ここでは嘘をついてはいけないのだろうし、信用してもいいのかもしれない。 「では皆さま、ご安心いただけましたらこれからお配りする“裁判待ちの手引き”をご覧ください。今後の日程やここでの生活の仕方が全て記載されています。受け取られましたら、解散していただいて結構です。 もしご質問があれば、手引きに記載のフリーダイヤルにお電話ください。携帯電話は各人の宿舎にご用意してますので」  解散していいと言われ、皆わらわらと会議室から出て行った。ここでは、面倒なことや争いごとは無用なのかもしれない。  何せ、“死”というものがない。私たちはもう死に終えている訳で、残された道は天国か地獄しかない。それを待つ間に極楽があるというのなら、抗う必要などどこにもないのだ。  しかし、裁判待ちの手引きの最後には、一つ注意事項が書かれていた。 『素行の悪い方は裁判を待たずして地獄、もしくは転生不可の全くの“無”に帰しますのでご注意を』  どうやらあの(・・)()でも犯罪やらが全く何もないということはないらしいが、ここまで脅しを掛けられてリスクを犯す人はほぼいないであろう。  働かなくたっていい。ただ何も考えずに過ごしていれば裁判の日がやってくる。それなら、大人しくしていればいい。  誰だって、少しでも天国に近いところに行きたいのだろうし。  私は、席から立ち上がれぬまま、ふぅと溜め息を吐いた。  ここでは何も考えなくてもいいのに、私はずっと頭の中をもたげていることがある。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!