それは死んでも教えない

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 私は、自分が死んだ理由がわからないのだ。  私は、自分がどういう人間でどういう生い立ちかなのかは知っている。それに、家族や友達、職場の人たちの顔、その人たちとどんな人間関係を築いてきたのかなど、その大体を思い出せる。  けれど、死んだ理由だけが思い出せない。  私は一体何をしていて、なぜ死ぬことになったのか。 「……あれ? どうしました?」  先程まで説明をしていた係員の男性が目の前に立っていた。ハッとして辺りを見渡せば、席に座っているのは私だけになっていた。 「ご質問があれば何なりと」  そう優しく微笑まれたので、私は少し緊張しながら、気になっていることを話すことにした。 「……私、死んだ理由が思い出せないんです」 「はい、それは皆さん同じです」  微笑みながら、事もなげに係員の男性はそう言った。私の疑問などほんのちっぽけなものだと言われているみたいだ。 「死んだときの記憶はなくし、まっさらな状態で裁判を受けていただくためです。変にこの(・・)()での未練がないようにしてるんです」 「……未練?」 「はい。よく勘違いされますが、皆さん生きているうちに未練を感じるのではないのですよ。死んだから、未練を感じるのです。 ですから、全員に死んだときのことは伏せています。裁判に不都合が生じないように」  係員の男性の説明は簡潔だったが、わかったようなわからないようなというところだった。 「……どうしても死んだ理由が知りたいときはどうしたらいいんですか」  私がそう言うと、係員の男性は綺麗なブルーの瞳を丸く見開いた。 「ほぉ、珍しい。普通は死に関する記憶を消されると同時に死への興味も失われるのだが。 余程、未練があるのでしょうね。かなり少数ですが、そういう人も稀にいます」 「未練かどうかはわかりませんが、どうしても気になるんです。どうしたら知ることができますか?」  私が食い下がると、係員の男性がにっこりと微笑んだ。 「ここで働けば、その給料代わりに裁判で死んだ理由を教えてもらえます。 ちなみに、私もそれを望んでいる一人です。人事部のルイスと申します。あなたは?」  驚くことに、彼も死んだ理由を知りたいと望む人間だった。ここの係員はみな、そういう理由で働いているのか。  見た目だけではなく名前もかっこいいルイスに私は少しだけ気後れしながら、“本田です”とだけ答えた。
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