それは死んでも教えない

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 そこから先は、あれよあれよと進んだ。  ルイスの紹介で、閻魔様の直近の部下という人から面接を受け、私は事務員として採用された。死ぬ前にとある大手建設会社の事務として10年働いていた経歴を買われた格好だ。  ここでの仕事は、この(・・)()と何も変わらなかった。書類のコピーや整理、上司へのお茶出しなどである。  書類というのは、死んだ人の履歴書のようなものだ。聞いたところによると、死ぬと自動で作成されるとのことで、顔写真の他、生い立ちや経歴が書いてある。私はそれを死んだ順にナンバリングして、アルファベット順に振り分けて棚に入れる。それが裁判で使われるそうなのだが、どういう順番で裁判が行われているかはわからない。  閻魔様へのお茶出しもした。初めて閻魔様に会うときには緊張して足がすくんだが、閻魔様は想像していたよりずっと小さくて優しげなおじさんだったので、拍子抜けした。ヒゲなど生やしていないし、鬼のようでもなかった。なんなら、お茶を出すと“ありがとう”と柔和な笑顔を向けてくれるくらいだった。  ここでの仕事は、私の性分に合っていた。  無口なので私語もなく、また仕事を選り好んだりもしないので、淡々と事務作業をこなした。  個人情報をたくさん目にするが、人付き合いが面倒で毎日職場と宿舎の往復しかない私には、情報を漏らす相手もいなかった。  自分で言うのもなんだが、私は生きている頃から真面目一筋だった。  育った家庭環境が良くなかった。私は、父に抑圧されていたのだ。  父は、自分の思い通りにならないと母や私をこれでもかと怒鳴り付けた。父が全て正しいと認め、“ごめんなさい”と言うまでそれは続く。私たちは父に逆らえなくなった。  そんな絶対君主の父は、私や母が逆らえないのをいいことに不倫に走った。食わしてやってるんだから文句言うなというスタンス。専業主婦の母は家政婦のように扱われ、毎日泣いていた。  私がグレて家を出てやるのは簡単だったが、そうすれば母が責められる。“おまえの教育が悪い”と母を怒鳴るに決まっている。  私は、母を守るために真面目に生きることを決めた。  プライドの高い父に認められるよう、いつも真面目を通し、成績も良かった。  自分の将来のためでも何でもない。私はある意味、父と母のために、悪目立ちせず自我を抑えて息をひそめて生きていた。
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