それは死んでも教えない

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 ルイスは、会えばいつも私を優しいと言う。  それほど親しい間柄でもなく、職場で合う程度だというのに。  思い当たるとすれば、一度職場で裁判の進行を妨げるような大きなミスがあったときのことだ。  当然誰がミスしたのかという話になったのだが、そのミスをした張本人はなかなか名乗り出なかった。ミスしたのは私ではなかったけれど、この張りつめた空気の中で名乗りでなければならない人を不憫に思ってしまった。  そのときの私はまだ新人の部類であったし、すみませんと謝れば案外許してもらえるかもしれないと思い、私は名乗り出て事を収めるべく手を上げようとした。  そのときに手を握って止めてくれたのがルイスだった。“嘘をつくと本田さんが舌を抜かれてしまうよ”と言って。  それからだったと思う。ルイスが私を気に掛けてくれるようになったのは。  最初は、私のようなつまらない女によくもまあ飽きずに話し掛けるなという印象だった。けれど次第に、話し掛けられるのが楽しみになっていたし、褒められれば嬉しかった。  ルイスは、私が優しすぎるから心配だと言う。私はそれを聞くたびに、そんなことないのにと胸が痛んだ。  私は優しくなんかない。今でも父と父の不倫相手を憎んでいるし、父のせいで形成されてしまった“人の顔色をうかがってばかり”という損な気性を苦々しく思っている。真面目で無口なだけで、汚いことも考えているのだ。ルイスはそれをわかっていない。  でも、わかって欲しくないとも思う。ルイスには、いい印象のままでいたい。  そう思うのは、どうしてなんだろうか。  考えたくなかったし死んでから抱くものでもないと思うのだけれど、これは“恋”というものなんじゃないだろうか。  私はきっと、ルイスが好きなのだ。  あの美しく、広い海のような優しい心を持ったルイスのことが、とても好きなのだ。  私は死ぬ前、恋愛というものを敬遠してきた。  両親を見ていて、男女の愛や、結婚というものに憧れなど抱けるはずもなかった。  私は一切恋愛というものに興味もなかったし、してこなかったはずだ。そういった記憶は、私にはない。  けれど、本当に私は生前一切恋愛をしていなかったのだろうか。  そうだとすれば、なぜ私はいともたやすくルイスへの恋心に気付くことができたのだろうか。  ルイスに抱く気持ちは、どこか懐かしい、久々に抱くような感覚があった。
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