それは死んでも教えない

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 私は、死んだ理由とともに自分の恋愛事情についても考えるようになった。  ルイスに会うと嬉しい。そして、胸がいっぱいになって、ドキドキする。  これは間違いなくルイスに恋をしているに違いない。確信めいたものがある。私は、この感覚を知っているのだ。  本当に私は恋愛を知らないのか。記憶にないだけなのではないか。  もしかすると、私の死んだ理由は恋愛に関係すること――――?  その答えは、ある日突然、あまりに呆気なく知ることになった。  それも裁判とは全く関係がない、職場の女性たちの陰口で。 「知ってる? あの真面目な事務の本田さんの死んだ理由」 「え、知らない」 「人事部の友達から聞いたんだけど、本田さんって死ぬ前に上司と不倫してたらしいよ」 「えー!! 意外!!」 「でしょ。それで、不倫を苦に自殺しちゃったんだって」 「何それ~、不憫!!」  私はトイレの個室から出ることができなかった。だから、誰が鏡の前で私の陰口に花を咲かせているのか、わからなかった。  この人たちは嘘は言っていないのだろう。嘘をつけば閻魔様に舌を抜かれてしまうから。  私は、自分が死んだ理由を理解してしまった。  やっぱり死に関する記憶は戻らない。なぜ真面目だったはずの私が上司と不倫することになったのか、それはわからない。  けれど、死んだ理由なら記憶がなくとも痛い程わかる。  私は不倫という大罪を嫌悪していた。  私は、不倫をした自分自身を嫌悪して消し去りたかったのだ――――。 「やぁ、本田さん。調子はどう?」  いつものように事務室に入ってきたルイスが私に声を掛けてくる。  私は、愛想笑いを浮かべて答える。 「いつも通り。ルイスさんは?」  すると、ルイスは困ったように微笑んだ。 「……君の笑顔がいつもと違うから、ちょっと気になるかな」  私は、感情をあまり顔に出さないタイプだと思っていた。父に負の感情を読み取られぬよう、いい子のふりをして生きてきた。愛想笑いには自信があったのに、ルイスにはすぐに見破られてしまう。 「……本田さん、少し休憩しようよ」  ルイスは私の手を引いて、私を外へと連れ出した。  落ち込んでいるはずの私の胸は、ルイスにかかればこんなにも簡単に高鳴ってしまう。
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