雨の日、煙草は少し甘い

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なんとなくポケットに手を入れると何か箱のようなものに触れた。取り出してみるとよくコンビニで見かける赤いパッケージの煙草。 普段触ることのないそれはどう扱っていいのかよく分からなかった。 「あの。煙草、入ってましたよ」 雨音に掻き消されないように少し大きな声で話しかける。 「ああ、無いと思ったらそっちに入れてたんだっけな」 男がさっきからなんだかそわそわしてるように見えたのは煙草を探していたのだろうか。 こっちに寄越せ、とでも言うように指をくいくいっと曲げる。 「……湿ってそうですけど」 さっきの恥ずかしさがまだ消えない。目を逸らしたまま、色白な手の平に煙草の箱を乗せる。雨に濡れたそれは少ししんなりしていた。 「煙草はちょっと湿気ってるくらいがちょうどいいんだよ」 少し甘くなる、と呟いてズボンから出したライターでくわえたタバコに火をつける。 ゆっくりと吐き出された煙が空気に溶けていく。 彼が優しく煙を吐き出す姿はまるで映画のワンシーンのようで、思わず見入ってしまった。
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