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「アンタも吸うか?」
じっと見ていたから煙草を欲しがっていると思われたのかもしれない。
首を横に振る間もなく、男は煙草の箱をぽいっとこちらに投げる。それは綺麗な軌道を描いてちょうど私の太ももの上に着地した。
ラスト1本だけど、と男はまた細い煙を吐き出すと、まだ降り止まない雨の中へと足を踏み出した。
土砂降りの雨に降られながらもその足取りはゆっくりとしていた。
「え、ちょっと!あの!」
パーカーも煙草も置きざりにしたまま歩き出した男の背中に声をかけるが、手をひらひらと振るだけで振り返ることは無かった。
タバコの残り香と私だけがそこに残っていた。
やがて男の姿が完全に見えなくなると、さっきまでの土砂降りが嘘かのようにぴたりと雨が止んだ。
私はハンカチでサドルを拭くと少し遅めの帰路につく。
雨上がりの澄んだ空気が心地いい。
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