あきさめ

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あきさめ

 雨が降る。  やわやわとやわらかく舞い降りて、少し色づいたもみじの葉を遠慮がちに湿らせたかと思うと、ぱたぱたと地面に大粒の染みを作っていった。  そんなさまを見るともなしに見る。  霧のように優しい雨に、細い指先を。  肌を叩く雨粒の鋭さに、透き通った瞳を。  あたりを包み込む雨音に、低くてどこか甘い声を。  そして、堰を切ったように隙間なく降り注ぐ雨の向こうに、その姿を感じる。  僕はいるから。  必ずそこにいるから。  だから探して。  あきらめずに探して。  木々の中に、花々の中に、海と空の間の、人の中に。  だから、生きて。  雨が降る。  自分を冷たい現実で包み込む雨が降る。  確かに貴方はいるだろう。  木々の中に、花々の中に、海と空の間の、子供たちの中に。  しかし、それらは貴方であり、貴方でないことに思い知らされる。  雨が降るたびに、何度も、何度も。  雨が降る。  ただただ、ひたすら雨が降る。  心も体も冷やし続けながら、頭の中だけ熱がこもる。  焼き切れそうになりながら、ただ一人の名を呼ぶ。  けっして口にすることの出来ないその名を。  雨が降る。  すべての景色を遮るほどの激しい雨が降る。  どこにもいない貴方を捜して、雨の向こうに目をこらす。  「高遠」  その一言が聞きたくて。  その身体を抱きしめたくて。  残酷で冷たい雨に、貴方を想う。  雨が降る。  洗い流せない記憶と情をもてあましながら、ただひたすら、探し続ける。  ただ、貴方一人を。
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