庭に来るものは

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 熟した実が木から落ちてくる。木の実の甘い匂いに誘われてきたのだろうか。一匹の三毛猫がキャットウォークからするりと庭に入ってきた。  キャットウォークとは言ったが、単に庭の周囲を囲んでいる高さ10センチくらいの低いコンクリート塀のことだ。車道と歩道の間にある仕切り石に少し似ている。ちょうど猫一匹分の幅であるせいか不思議と猫がよく通るので我が家でついた名前だ。  大抵の猫は私が庭に出る前に通りすぎてしまうか、見つかったと逃げてしまうのだが、この猫は珍しく私にすり寄ってきた。  つやつやの毛並みに綺麗な瞳、それに人懐っこいので誰かの飼い猫なのだろう。黒と茶が入り混じった猫の頭を撫でながらそう思う。近所に三毛を飼っている家なんてあったっけ。なんとなく本猫にどこから来たのか聞いてみると、「にゃ―ん」という元気な返事が返ってきた。……まあ、猫なので返事をしてくれてもわからないものはわからない。「五丁目の田中家からです」とか答えられても怖いし。いや、猫だから答えてくれたとしても「たニャか」とかになったりして。  とりとめのないことを考えている間にも猫は鳴いている。もしかして餌をねだっているのかもしれない、そう考えて何か餌がないか家に探しに戻った。ちょうど夕食用の刺身の盛り合わせパックがあったので、それを持って庭に出た。三毛猫は木の実で遊んでいたが、パックを開けながら近づいていくとこちらに駆け寄ってきた。  マグロとイカ、鯛が整列している。猫はイカを食べると腰を抜かすと聞いたことがあるのでイカをあげるのはやめた方がいいだろう。赤身も何だか不安だ。鯛なら大丈夫だろうと、パックと一緒に持ってきた箸で一切れつまむ。手に乗せて与えるべきなのかもしれないが、箸の先を真っ直ぐに見つめてくるのでそのままあげることにした。  緩く揺れる白と茶色のしっぽ。催促するような甘い鳴き声につられてついつい箸を動かしてしまう。  最後の一切れを食べ終えた辺りで「にゃ!」と満足げな声をあげて、来た時のようにキャットウォークに飛び乗ってするりとどこかに行ってしまった。猫の動きがあまりに早かったので、私はしばらくその場にしゃがんだままだった。甘い木の実と刺身の混じった匂いの風が吹く。不自然に列が欠けた刺身パックを片手に、私は埋め合わせのための鯛の刺身、それに猫缶が買えそうな店を考えるのだった。
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