3人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
緊急避難
その船は、今まさに沈もうとしていた。
荒波は、まるで飲み込もうとするかのように、船に襲い掛かり、浸水の始まった船内は、パニックに陥った人々が、少しでも上に逃げようと、押し合いへし合いしている。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
怒声、叫び声、泣き声、正しく地獄絵図である。
田村は呆然としていた。
今回の船旅で思わぬことが発生したのは、つい先ほどのことだった。頭の中は真っ白になり、どうすればいいのか、考えなければいけないのに考えることを放棄していた。それが、今はどうだ。自分よりもパニックに陥る人々を見ているうちに、田村は妙に落ち着いてきた。
先程までは、この洋上の巨大な密室からは逃げられないと思っていた。しかし、この沈みそうな船には、逃げることに勝機がある。もちろん、旨くやらなければ船とともに沈んでしまうが、逃げ果せたら、自分の犯罪は消えてなくなる。その為には船には確実に沈んでもらわなければならないが、その心配は必要ないだろう。
とにかく甲板に出ないことには話にならないと、田村は人の群れに飛び込んでいった。
最初のコメントを投稿しよう!