緊急避難

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緊急避難

 その船は、今まさに沈もうとしていた。  荒波は、まるで飲み込もうとするかのように、船に襲い掛かり、浸水の始まった船内は、パニックに陥った人々が、少しでも上に逃げようと、押し合いへし合いしている。  阿鼻叫喚の地獄絵図。  怒声、叫び声、泣き声、(まさ)しく地獄絵図である。  田村は呆然としていた。  今回の船旅で思わぬことが発生したのは、つい先ほどのことだった。頭の中は真っ白になり、どうすればいいのか、考えなければいけないのに考えることを放棄していた。それが、今はどうだ。自分よりもパニックに陥る人々を見ているうちに、田村は妙に落ち着いてきた。  先程までは、この洋上の巨大な密室からは逃げられないと思っていた。しかし、この沈みそうな船には、逃げることに勝機がある。もちろん、旨くやらなければ船とともに沈んでしまうが、逃げ(おお)せたら、自分の犯罪は消えてなくなる。その為には船には確実に沈んでもらわなければならないが、その心配は必要ないだろう。  とにかく甲板に出ないことには話にならないと、田村は人の群れに飛び込んでいった。     
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