深夜の道路

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 夏のある日の深夜に、私は真っ暗な山道を車で走っていました。道の両脇から木がおおいかぶさり、薄暗い街灯がポツリとポツリと黄色い灯りを落としています。  薄暗い、曲がりくねった道を走るのは、男の私でも気味が悪い感じがするものです。  前にも後ろにも走る車もなく、私はついついスピードを上げて、右に左に、右に左に…と体が持っていかれてしまう程でした。  いくつのカーブを曲がった頃でしょうか。最初はラジオの混線だと思ったのです。何しろ山道でしたから…。  ザザっ、ザザっと耳障(みみざわ)りな雑音が聞こえてきます。  山道だから仕方がない、ラジオはやめて、音楽でも聴こう、そう思った時でした。  「…して」「だ…」「だして…」  と、雑音だと思っていた音の中に、かすかに女の声が聞こえたのです。  ああ、混線だ、他の局の音声が混線しているんだ。それにしても気持ちが悪い、早くラジオを切ってしまおう、そう思いました。  ところが女の声が、耳元で、今度はいくらかはっきりと、聞こえました。  「お願い…。」  ラジオを消せばよかったのです。けれどその時の私は、耳元で聞こえるかすかな女の声に、耳をすませてしまいました。  何の番組なんだろう。  お恥ずかしい話ですが、深夜のラジオですから、エッチな話でもしているのかと思ったのです。それならばこの混線している番組をもう少し聞いてもいいか、とラジオのスイッチを切ろうと伸ばしかけた手を、ハンドルに戻してしまったのです。  聞こえてきた女の声は、か細く、けれどなんとも艶っぽく、私の耳に響いてきたのです。  アクセルに置いた足を緩め、女の声をさがして、耳をすませました。  聞こうとすると、途端に耳障りな雑音ばかりがラジオから聞こえてきます。  それでももう一度、あの女の声が聞こえないものかと、背中をシートから、浮かして少し身を乗り出してスピーカーに耳をよせました。  ふうーっ。  私の首の後ろを、女の息のような、生暖かい甘い空気が撫でました。  夏なのですから、時折暖かい空気が流れてきてもおかしくないと思いました。それで私は特におかしいと思うこともなく、ラジオの雑音に耳をすませ続けていました。  聞こえないとなると、どうしても聞きたくなるものです。            
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