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毎年聞く声がした。彼はどこか懐かしい声で、誰かと電話をしているようだ。不思議とこの豪雨の中でも聞き取ることができる。
私はこのおじさんが私を今のこの状態にしたと思っている。確信はできないし、ただの推測に過ぎない。でも、言うことからしてあながち間違いとも言い難いだろう。
声の主であるおじさんは、電話を切って私の前で立ち止まった。彼は俯き、小さな声でそっと言う。
「ごめん。ごめんな……」
おじさんは毎年、奥さんらしきおばさんと一緒に私の元を訪れてそれだけを言って去っていく。
けれども、今回は違ったようだ。
おじさんはゆっくりと私の横に色とりどりの花と葉のバランスが美しい花束を置く。
「僕のせいで……ありがとう」
と言いながら。その瞬間、悟った。
ここで私は死んでいたんだ、と。
(でも、どうして?)
疑問で頭がいっぱいになった。
どうして私は死んでいるの。どうしてあの花が咲いている季節だけなの。
私はその花束に顔に近づけた。
お花の甘い香りがする。とっても好きな、それでいてどこか懐かしい香りだ。
おじさんにもこの嬉しさが伝わったのだろうか。彼は見えないはずの、私の顔をじっと見つめた。
「愛果……そこにいるのか?」
愛果。私は愛果という名前だったのか。知った瞬間、名前は私に馴染んでいく。そして同時に「愛果」という名前に暖かさを覚えた。
おじさんはしばらくその場に立ち止まっていたが、やがて踵を返した。
待って、と言いかけた。でも声は出ない。私が死んでいるのだとしたら当然だろう。
私は、おじさんーー恐らく、私の父ーーに着いて行きたいと思った。
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