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思いは力になる。
気づいた時には、彼のすぐ後ろにいた。信号を一緒に渡る。花束は先程までいた場所に置かれていた。
おじさんは気配に気づいているのだろう。頼りない傘の半分を、私のために空けてくれた。
ありがとうと心の中でだけ呟いて、歩くという方法とはまた違った感覚で移動した。
雨で沈んだ都会の夕方は、人通りも少なくて急に寂れた印象である。
そんな街を私たち二人は歩いていく。
家についた。住宅街の一角にある、赤い屋根が特徴の家である。
「ただいま」
父は大きな声でそう言って扉を開いた。
懐かしい。そう思って、私はまた心の中でだけただいまと言った。ゆっくりと記憶が戻っていく。
家は相変わらずそのままで、母は台所で料理をしていた。
今ならわかる。父は、母とあの場所に来ていたんだ。
一年前と比べて母の窶れた様子が気になるが、父は私を部屋へと促したのでそれに従う。
部屋の勉強机には、小型の植物図鑑が広げられたままで置かれていた。
その右下に、あの花の写真と説明が載っていた。
「アガパンサス」「愛の花」
その表記だけが目に飛び込んだ。
あの日の記憶が蘇る。
そっか。私は愛故に死んだのか。無償の、家族の愛故に。きっとそうだ。これは無償の愛だったんだ。でもこの愛は無謀で、両親を哀しませただけだった。
多分、父母の哀しみと私の後悔が、私をアガパンサスの咲くあの場所に現れるようにしているのだろう。
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