3.ー柴谷視点ー 1

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 アスファルトの上で、夏の風物詩が死んでいる。  ジ、ジ……と呻き声のように鳴きながら、ゆるゆると緩慢に手足を動かし、やがて動かなくなる。  セミだ。  俺はセミだ。  騒ぐだけ騒いで、迷惑がられて死んでいく。  ただセックスしたいだけなのに。  もっと言うと、いい女と気持ちいいセックスがしたいだけなのに。  もっともっと言うと、布施としたい。布施千秋と一日中絡み合っていたい。  なのに一回きり、もうできないなんて……。 「俺はミンミンゼミだ……」 「死にゆくセミに感情移入するな、柴谷」  取引先からの帰り道、横を歩く先輩の佐藤が呆れたように言い放つ。  俺は涙目になりながら、「布施とセックスしたい……」と呟いた。  それを聞いて、佐藤が嫌そうに眉をしかめる。 「また種を撒くのか。しかも社内の、1番当たりの厳しい女にか」 「もう種なら蒔きましたよ。0.01ミリの壁に阻まれたけど」 「は?」  佐藤が双眸を見開いて俺を見た。  驚きと、不審と、なんか諸々を感じる。  まさか無理やり襲ったんじゃないだろうな、とでも言いたげだ。 「どうしてそうなった? もしかして最近、お前が大人しいのに関係あるのか?」
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