君を待つ

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「二十二時着の電車で帰る」  後、三十分だなと時計を見る。歩いて行くと十分、車で行ってもいいけれど……、傘をさして、迎えに行った。天気予報では雪になると言っていたけれど、まだ白いものは見えない。  駅の中ではなくて、少し離れた道の脇で待つのは、僕が少しだけ顔が売れてきたからだ。ドラマの小さな役で、思ったよりも人気が出てしまった。彩は喜んでくれたけれど、僕はまだ、売れたいとは思っていなかった。僕と双子の兄である彩は、今はそっくりではないけれど、それなりに似ている。大学に真面目に通う彩は、僕の影響で最近よく声をかけられると言うのだ。心配でしかたがない。大学を出たら、芸能事務所にマネージャーとして就職する予定の彩だから、とりあえず人気が出るのは大学を卒業してからがよかったのだけど、人生はうまくいかない。  時計を見ると、彩は駅に着いた頃だった。彩はここを通って帰るから、傘で気付かないことのないようにしなければいけない。   しばらく待っていたら、慌てて僕に駆け寄ってくる彩の不機嫌な顔が見えた。 「 雅! 迎えに来なくていいのに! 明日は現場に行くんだろ、風邪でもひいたらどうするんだ」  近づくなり、怒られた――。 「おかえり、彩ちん」 「……ただいま、雅。ごめん、怒鳴るつもりはなかった」  彩は傘をたたんで、手袋を外し、僕の頬に手をあてた。 「ううん」 「やっぱり冷たい」    僕の頬を引っ張る。 「あっためて――。そしたら風邪なんかひかないから」  僕の肩に頭をのせて、彩は同じ傘の中に入ってきたから、赤くなった耳たぶにそっとキスをした。驚いたような顔で、「ここじゃだめだ」と言う。  後十分の辛抱だ。それくらいは、我慢しよう。この冷たくなった身体を沈め、身もだえる君に溺れるまで、大した時間じゃない。  僕は、雨の日がそれほど嫌いじゃない――。                              <Fin>  
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