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 ぽかんとする彼の膝に無理矢理手提げ袋を置いて、停車したバスに駆け込むように乗車する。毎日座る定位置に収まり、膝に抱えたスポーツバッグに顔を埋めた。乗車口のほうをまともに見られなかった。ドアが閉まります、アナウンスが流れ、バスが走り出す。 (やった、渡せた……!)  達成感と同時に、スマートではない己への嫌悪感と、そして、迷惑ではなかったかという不安が今更のように湧いてきた。  驚いた顔をしていた。それはそうだ。悠介は彼のことを「毎朝やべえパン食べてるのにガリガリの人」と思っているが、向こうはそもそも悠介を、毎朝バス停で一緒になる高校生として認識しているかすら危うい。何せ彼は今朝まで一度も悠介のほうを見たことがなかったのだ。毎朝、ぼんやりと遠くを見詰めながら、まるで作業のようにパンを口に運んでいただけだ。そこまで考えて、名前すら名乗っていなかった自分に気づき、悠介はバスの車内で頭を抱えた。  はたして翌朝。  不安ではちきれそうな心臓をおさえながらいつもの時間にいつものバス停へ行くと、相変わらず男はオレンジ色のベンチに座ってパンにかじりついている。だが今朝は、近づいてくる悠介に気づくと、いつも遠くに向けている視線を向けてきて、にこりと笑った。 「おはよう」  シャベッタ! と、なぜか片言で脳内の自分が叫ぶ。やはりどこか女性的な見た目に反して、低く落ち着きのある声だった。 「お、はようございます」 「これ、ありがとう」     
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