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手を振りながら満面の笑みでこちらに向かってくる女性は、安藤にそっくりだ。
「ゆうちゃん! 帰ってたのー?」
声が届く距離まで近付いてきたその人は、小さな体に似合わず大きな声だ。この声を聞くと、こちらの声も自然と大きくなる。
「香奈美さん! お久しぶり!」
安藤の姉である、安藤香奈美だ。
「なぁに、帰ってるならうちに来なさいよー」
香奈美はそう言いながら、耳から音楽プレイヤーのイヤホンを外した。
「すいませーん」
「そうだ、今から来なよ。あたし、今日夜勤明けなの。久しぶりにちょっと話したいな」
「あー……ほんとごめんなさい。実は今日もう東京に戻るんだよ」
「えー! なんでよー! ちょっと早すぎじゃなーい? 今年は啓一も帰って来ないし、お姉ちゃん超寂しいんですけど」
「また春休みに二人で帰ってくるから今回は勘弁してよー」
そう言うと、香奈美は目を伏せて、ポツリとつぶやいた。
「春、くるのかなあ……あたし」
「え、なに? どういうこと?」
「ううん、なんでもない! ゆうちゃん、これから駅まで行くんでしょ? そこまではなにがなんでも付き添うから」
これは大山さんから逃げられるチャンスだと思い、雄馬は香奈美に駅まで見送ってもらうことにした。
大山に「それじゃ行ってきます」と言い、香奈美と並んで歩き出す。
「香奈美さん、ほんと助かったわ。大山さんいつ解放してくれるかわかんなくて困ってたんだよ」
「あはは。大山さん、お喋りだもんね」
香奈美は自分より二十センチ以上背が高い雄馬を見上げながら、笑って言う。身長こそ似てないが、笑顔は安藤そっくりだ。
「でもほんと寂しい~」
香奈美は、さっきからそればかり繰り返している。こんな田舎である。特別満たされることもないが、寂しいと感じるほど人が遠いわけでもない。香奈美の言葉の節々から、そんな気持ちが伝わってくる。
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