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疲れきった体に力を入れて、雄馬はアパートの玄関のドアを開ける。部屋の電気をつけ、ベッドの横にあるデジタル時計を見た。
もうすぐ明日になる時間だ。
この時期は受験生の質問攻めにあうため、夜の授業が入っている時ほど帰りが遅くなる。
安藤はもう寝てしまったのだろうか。
携帯画面に安藤の携帯番号を表示させたまま、今かけていいものかと考える。そして考える時間があるのならいっそかけてしまえと、意を決して発信ボタンを押した。
安藤に電話するだけなのに、こんなに緊張したのははじめてだった。
『寺尾か…!?』
わずか二コール目にして、相手は出た。あまりの早さに緊張も忘れて笑う。
「ああ。古瀬からおまえが寂しがってるって聞いてさ」
『えっ、古瀬が?』
電話の向こうの安藤は、少し戸惑いながらも嬉しそうな声だった。その明るさを含んだ声を出させているのは、自分と古瀬のどちらなのだろう。どうでもいいことが頭に浮かんで、雄馬はぎゅっとスマートフォンを持つ手に力が入った。
「……そうそう。っつか安藤。おまえが連絡してこないから、オレ、おまえに何かしたんじゃないかってビビってたんだからな。おまえに買ってきた漬物も、もう食っちまったよ」
『あー……せっかく買ってきてくれたのにごめん』
「べっつにー。オレも好きな漬物だし」
本当はそんなに好きでもない漬物だった。
でも買ったのに捨てるのもなんだし、せっかく安藤のためにと買ってきたものを他の人にタダであげるのもなんだかなあと思った。安藤にいつ会えるかもわからなかった為、結局自分で食べたというわけである。
電話越しに安藤のため息が聞こえてきた。
「どうしたんだよ?」
『なんか……やっぱり難しいなって、思ってさ』
何が難しいのだろうと考えながら、言葉を待つ。
『俺、男と付き合うのはじめてだろ。だから古瀬以外の男と……特にいつも一緒にいるおまえとどう接していけばいいか、わからなくなってさ』
「そんなの今まで通りでいいだろ。なんで他の男との接し方がわからなくなるんだよ。意味不明なんだけど」
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