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長くなるようなら帰ろうと思い、隣で電話をしている芳沢の邪魔にならないよう肩を叩いた。安藤の方を向いた芳沢に、小さな声で「もう帰るよ」と言う。芳沢はすまなそうに携帯電話を持ってない手を顔の前にもってくる。そして塩を摘まむようにして、「もうちょっと」と言った。
すると向こうの人物が、誰かいるのか、とでも聞いたのか、芳沢は「ああ、安藤」と言った。自分も知る人物なのだろうかと少し首を傾げる。
「ん? ああ、大丈夫だよ。うん、うん……。はっ、うるせーよ! じゃあまた明日の夜な」
そう言って芳沢は電話を切った。
「今の、俺も知ってるやつか?」
「……え。んー……まあな」
濁すような返答に誰だよと笑って聞いた。芳沢は頭をぽりぽり掻きながら言った。
「……寺尾」
その名前を聞いた瞬間、全身がぴくりと震えた。
「なんつー顔してんだよ」
芳沢に言われ、自身の顔が歪んでいることに気づく。とっさに笑おうとしたが、そうすると口角がひくひくと震えてしまう。
芳沢は大きくため息をついて、たった今しまった携帯電話を再び取り出した。芳沢はこちらを睨むよう見つめながら、それを耳に当てた。
「今すぐ大学来い」
芳沢がそう言うのを聞いて、ふと雄馬じゃないかと思った。
「だっ、誰に電話してんだよ!」
こちらの制止も無視して、芳沢は電話の向こうにいる雄馬に言った。
「安藤が死のうとしてる」
芳沢のでたらめな嘘にぎょっとする。芳沢は本気でここに雄馬を呼ぶつもりなのだ。安藤は芳沢の目を盗み、出口に向かって走り出した。
「待てっ!」
大柄な体に似合わず、芳沢は素早かった。安藤はあっさり肩を掴まれ引き寄せられる。
「離せっ!」
「いんや、離さないねっ。おら寺尾っ、今おまえも聞いたろっ! 安藤のやつ飛び降りようとしてんだよ、だから今すぐ来てくれっ!」
芳沢は腕をもがく安藤の首に回して逃がさないよう固定したまま、嘘を次々と電話の向こうの雄馬に並べ立てた。
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