オルター・洋子「龍平洋漂流記」より 第6章 水底の天使たち

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「羊の木」その3          …天使だったんじゃない? 「羊の木」を錦糸町のがらんとしたショッピングモールで観て、二子玉川でもう一回観て5日経った。気分がモヤモヤしたままである。二子玉のシネコンで、明るくなった後も前の座席の背中に突っ伏して泣いてたのは私です。  もう20年前になる。夫の転勤で福岡に住んでいた時、カルチャーセンターに通った。西日本新聞で文学記者しておられた先生が教えてくださる「文章塾」だった。エッセイでも小説でも何を書いて行ってもいい。参加者の前で自読して、感想を言い合って、先生のアドバイスも聞ける。  ご主人の面白い悪口ばっかり書いてくるお医者さんの奥さん、荒唐無稽のモンスター小説を書くおじさん、HNK「昼の憩い」に投稿するような山間の村の季節の移ろいを書いてくる田舎紳士、漢文マニアに古代史マニア、離婚調停が長引いているらしく明らかに精神を病み、ただ怒りを吐露する中年女、教室のメンバーは実にいろいろ。 なるほどプロじゃない限り、文章を書いて他人に読んでもらおうなんて、自己顕示欲か自慰行為かどちらかなのだと、自分も含め思い知った。  中に、重度の知的障害のお嬢さんを持つ女性がいた。今の私より多分若かったと思う。当時お嬢さんは18歳くらい、身体は健常なんだけど重度の知的障害と精神障害を抱えていて意思の疎通は難しい。重度過ぎて預かってもらえる施設が無い。なので、自宅の一室の壁全体に、寝具のマットレスを建設用ホッチキスでとりつけ、そこに閉じ込めるようにしている。普段は、サラリーマンである夫と交代で看ていたという。  お嬢さんは身体は健康なので毎月生理が来るが、その時はますます不安定になる。下着は脱いでしまうから床は血で汚れる。目覚めている間中、叫んだり、頭を壁に打ち付ける時もあり、酷い時はお医者さんを呼んで鎮静剤を注射してもらい寝かせてしまう以外方法が無い、淡々と描いておられた。   そのお嬢さんを週に何日か預かってもらえる施設が見つかったということで彼女は人生が変わった。その日に文章塾に来るという。彼女は、綺麗に髪をカールさせて、イヤリングやネックレスをして、着飾って文章塾に来ていた。疲れてはいたが、感じいい知的な人だった。役所公司が大好きで、彼の話になるときゃっときゃっとして話が止まらない。
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