第一章

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 狭山は地下鉄を降りて本町方向に歩いていた。九月の半ばで暑さはまだ残っていたが陽射しは緩やかになり、銀杏並木の木立は長い影を落とし始めていた。  狭山と北村は同時期の入社で、部門は違ったが新人同士で唯一気が合った。お互いに同棲していることも知り夫婦どうしで旅行にも行った。だがそれも半年ばかりで朔郎が離婚してからは家族同士の付き合いは疎遠になった。以後狭山とは個人的な付き合いに戻ってしまった。それも細々と今日まで続いたに過ぎない。  狭山は会社に戻り報告を済ますと今日は真っ直ぐマンションに帰った。  家には妻の多恵と十五の長女と十三の男の子がいた。  多恵は夫の早い帰宅に目を丸くして迎入れ、何も聞かず急いで食事の支度をした。いつもの定時に帰宅する夫には多恵は尋ねるが、早かったり遅かったりした場合は聴かずとも夫の方から話すからだ。  今日も狭山は食事が始まると妻に北村に会ったことを話した。夫婦間では北村が離婚してからは彼の話は久しくなかった。退職時にいっとき話題になっただけだった。 「そう佐恵子さんは再婚して京都で暮らしていたの」 「十七年も音信不通だった人が急に北村を訪ねて来るなんて、どういう心境だろうね」 「佐恵子さんは思いついたらすぐに行動に移す人でしょう。だから何かあったんじゃないの」 「何かって?」     
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