第一章

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「三十代と言いますと・・・」 「とにかく貴方の年齢ではダメです」  ちょっと間を空けてから相手は呆れたように答えた。 「そうですか・・・」  朔郎は力なく受話器を置いて求人情報誌を丸めて部屋の隅のゴミ箱に投げ入れた。  朔郎は十七年勤めた会社を二ヶ月前に辞めた。彼に落ち度はなかった。ただ会社の経営方針に落ち度があった。彼は意にそぐわぬ転勤を断った。その結果会社を辞めざるを得なかった。 「なかなか再就職はやはり難しいか」  深いため息を付いて奥の和室に戻って寝転んだ。 彼の脳裏には二ヶ月前の送別会が浮かんだ。 ーー酔いながら英断だと言った奴もいた。ある仲間は、嫌な物はイヤと言える君が羨ましいと羨望の眼差しで言った。その歳で行くとこないぞと心配してくれる奴もいた。だが誰の言葉も心地良い酔いの中に消えてひとり酔い潰れた。見かねた綾子がアパートまで送ってくれた。  翌朝、朔郎は昨夜の酷態を悔いた。己の弱さをさらけ出した事を悔いたのである。そして二週間後にまた繰り返していた。 「あんな悪酔いしたのは二十年振りか・・・」  遠く生駒の山並みを見ながら呟いた。     
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