第一章

20/28
前へ
/199ページ
次へ
「あの人、余程そうしたい何かがあったのかしら、でもかって過ぎると思わない自分から捨てておきながらどんな理由があろうと許せると思うかしら。まさか彼女から連絡先をもらっても行くわけないわよね」 「それが行ったらしい」   「うっそー、北村さん行ったの!」 「ああ、一週間後に。どうしょうもない奴だ、あいつは。淀屋橋をうろついてまた今日にも行くつもりだったらしい」 「それでどうしたの」 「そこで別れた」 「で、それっきり」  一週間後に行ったのは佐恵子が大切にしていた預かり物を、北村は返しに行った。だが彼女は『そんな物どうでもよかったのに』と あっさり受け取った。北村には昔の彼女と結びつける身代わりの様な唯一の記念品を無造作に扱われた事に失望してすぐ帰ったらしい。 「それじゃあかおりちゃんは北村さんが本当のお父さんとは知らないでしょう。そのまま会わずに別れて来たの?」  多恵は朔郎のアパートでまだ一歳にならないかおりをあやしている自分を思い出していた。 「あのかおりちゃんならもう高校生になっているんでしょうね? 可哀相に何処まで知ってるのかしら?」  狭山と別れた朔郎は淀屋橋から川面を眺めていた。川の右側は道路と家が建て込み、人と車の往来が激しかった。  川面から左の岸に目を移せば中之島の公園が見える。そこで何人かのホームレスが目に映った。彼らを見ていると朔郎は不安を覚えた。     
/199ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加