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「誇りだけは捨てたくない」
この言葉が脳裏をよぎった。彼は意識的に川の左側を見るのを避けた。
多くの採用担当者から得た感触では、この歳で同じ様な仕事を探せば若手を指導する立場の人間しか社会は求めていなかった。管理能力が乏しい朔郎には荷が重く飛び込む気力もなかった。
退職金と云う独立資金の一部に出来る金も有るが人使いが苦手な彼では無理で、まして得意先は開拓出来そうもなかった。感性を捨てれば仕事はあるが・・・。
佐恵子はブティックを任されている。そこへ行けば使ってくれるかも知れない。考えが甘い、それより俺のプライドはどうなる。
「働かざる者食うべからずか」
遊べば半年長くても二年で蓄えは食い潰す。その先を考えると止めどもなく恐怖が湧いてきた。それは生への執着心のなせる業なのか。彼は尚も己に問い続けた。
黄昏が川面を染めて暮れかかる頃に仕事の終わった綾子は、桜宮の近くの喫茶店で友達の裕子と会っていた。
裕子とは大学時代からの友人である。彼女はあの頃に比べて着飾る事もなく、自分を忘れるほど熱中する物もなくなっていた。
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