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佐恵子の瞳が変化した中で長い空白の月日が埋まっていった。その瞳は長年にわって凍り付いた彼の執念を溶かし始めた。
彼女の見せた笑顔に昔の慈愛が満ちていた。彼の不安は一瞬に霧散した。
「元気そうね。あれから結婚したの?」
「いいや」
彼は無表情で答えた。心の不安は消えても硬直した表情まで行き渡らなかった。
「でも女の人、いるんでしょう」
朔郎はやっと作り笑いを浮かべた。
「まだあのアパートに住んで居るのね、繋がらないかも知れないと思いながら電話したけれどすぐに貴方が出てホットして懐かしくなってきたの」
十七年振りに佐恵子に会って彼は慎重に言葉を選んでいた。なぜ電話したのか、なぜ会いたくなったのか詮索したが澄み切った彼女の瞳が断念させた。
「・・・、正幸は元気なのかい?」
「ええ」と佐恵子は急にトーンを下げた。が「かおりは元気よ」と再び元のトーンに戻した。
自分の娘の名を聞きいて朔郎は静かに頷いた。そして煙草を取り出して紫煙をたなびかせた。ほろ苦い味だった。
「まだ煙草吸ってるのからだに悪いわよ」
「何いってんだ君が教えたんだ」
「あら、そうだったかしら」
彼女は笑って茶化した。
「それより電話では何も訊かなかったけど、あなたかおりの事は心配じゃないの」
「他にもあるが・・・、それより幾つになったんだろう?」
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