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余裕を見せようと朔郎は笑って見せた。その笑いに佐恵子の瞳が彼を突き放すように一瞬鋭くなった。
正幸を貶した言葉に彼女は怒りをこらえている。だとすればいったい何しにきたのだろう? 何に耐えているのだろう?
「正幸のことは心配しないで、ただあなたが心配だから来たのよ」
朔郎の疑問、不安を先取りするように佐恵子はなだめた。
「そうなのか? 急に俺のことが心配になったって・・・。でもそうだとすれば随分長いこと心配しないでいられたもんだなあ」
皮肉交じりに朔郎は佐恵子を揶揄(やゆ)した。気位の高い彼女は弁解しないで聞き流した。
「君は時々、自我が極端に強くなることがあったね」
「あら、そうかしら」
屹度した眼で彼女は否定した。
暮れなずむ陽射しが窓をかすめて、長く曳いた影を隅の暗さに溶け込ませた。
彼は時計を見た。
「今日は忙しいの?」
佐恵子は心配そうに覗き込んだ。
「俺の送別会があるんだ」
「あの会社を辞めるの」
「ああ、転勤がいやでね。ああ、でも時間がない。七時に梅田で有るんだ」
「梅田ならあたしもゆく梅田をぶらぶらしてそこから京都へ帰るから、送らせて」
「じゃ後は歩きながら話そう」
佐恵子は微笑みながら頷いた。
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