狂気の華

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 静は十二年間,八王子医療刑務所に服役した後,天皇陛下のご即位に伴う恩赦を受けて出所した。服役中は誰も静かのことを気にも留めず,殺人を犯した罪で医療刑務所にいるその他大勢として扱われた。  模範囚でもあった静は,服役中に何度かフリーランスの記者から手紙を受け取っていたが,それらに返信することはなかった。それどころか,自分が犯した犯罪について記憶から完全に消去されていて,自分のことが掲載された雑誌や新聞,ネットニュースを観ても他人事のようにしか感じられなくなっていた。  出所した直後からその行方はわからなくなり,身寄りのない静を探す者もいなければ,その存在はすでに忘れ去られていた。  年老いたゲイが唯一生きてゆける場所だったはずの歌舞伎町もすっかり再開発が進み,慣れ親しんだコマ劇場もなくなり,アジア各国のマフィアがたむろしていた通りもすっかり学生や子供達が当たり前のように歩ける場所になっていた。  誰にも求められることのなく,孤独のなかで生きていた静が育った歌舞伎町の変貌とともに,多くの歌舞伎町でしか生きられなかった者達の一人として,静の存在は完全に人の記憶から消え去っていた。  唯一,美也子の墓には命日になると,必ず派手な花が供えられていた。
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