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ママ
東京都渋谷区の雑居ビルの六階に,小さな会員制クラブ「園丸」があった。昭和の古い建物で小さなエレベーターは五階までしかなく,六階に行くにはわざわざ五階のトイレの裏にある狭い階段を上っていくしかなかった。
会員制クラブといっても,一見さんが入って来ないようにするためのものであり,そこがどんな店か知っていれば初めてでも問題はなかった。そもそもこんな怪しいビルの人目につかない屋根裏のような場所にあるクラブに間違えて入ってくる客などおらず,ドアを開けるのは常連かその連れくらいだった。
部屋の中は詰めれば八人が並んで座れるカウンターと,カウンターの中に従業員が二人いるだけでドリンクは瓶ビールと烏龍茶しかなくフードはその日によって違うが,たいていピーナッツか柿の種だった。
「園丸」の静ママは,かつて新宿歌舞伎町でノンケお断りのゲイバーを二店舗,観光バーと呼ばれるノンケも女性も入店可能なゲイバーを三店舗経営するやり手だった。当時はコマ劇場の前に多くの裏家業の人間が集まり,当たり前のように違法薬物の売買や,男を誘う美人局が大手を振って商売をしていた。
共同経営者に店の売り上げ金を持ち逃げされ,すべての店舗を閉めるまでは,よい意味でも悪い意味でも静ママは歌舞伎町で知らない者はいない有名な存在だった。当時を知る関係者は皆,この時の話をすることを避け,あの日の夜を知る者は静ママには哀れみよりも畏敬の念を込めて接した。
場所を移して再開した「園丸」もゲイオンリーでノンケや女性の入店はお断りだったが,平日でも満席の日が多く,静ママに会いにくる昔からの常連客で賑わっていた。
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