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従業員の美也子は,十六歳のときに家出し歌舞伎町で立ちんぼをしているところをヤクザに拾われ,しばらくの間ヤクザに飼われていた。
その頃はまだあどけなさが残る,線の細い少年といった感じで名前も裕輔と本名だった。祐輔は幼い頃から女の子っぽい仕草や言葉使いで学校で虐められ,家庭でも両親から虐待を受けて育った。田舎の高校でも受け入れられず,エスカレートする虐めに耐えられず,家を飛び出し田舎を捨てて歌舞伎町に身を寄せた。
狭い歌舞伎町のなかで勝手に商売をしたことで,当然ヤクザに目をつけられた。闇夜に巣食う大人たちは祐輔の意思など関係なく,あっという間に商売になるようにあどけない少年の身体を隅々まで開発し,組事務所の収入源として客を取らされた。
毎日のように客を取らされ,僅かばかりの金を渡される毎日が続いた。しかし一年もしないうちに体調を崩し,誰が見ても病気とわかるほど痩せ細り,渋々受けたHIV検査で陽性と確定するとゴミのように闇夜に捨てられた。
いまでこそ静ママの下で働いている美也子だが,陽性とわかったときは自死も考え,二度と会わないと決めていた田舎の両親に会いたいと悩んだ。しかし,常に虐待をしてきた両親が,自分の状況を知ったところで受け入れてもらえるはずはなく,誰かに頼ることもできずに完全に精神を病んでいた。
死との恐怖に耐えながらHIVの治療とカウンセリングに通うようになってしばらくして,かつて歌舞伎町で多くのゲイたちに頼られていた静ママの存在を知り,顔馴染みのヤクザに頼み込んでようやく紹介してもらった。
そして商売道具にならなくなった祐輔を静ママは何も言わずに受け入れてくれ,なんとか最低限の生活を取り戻して狭いカウンターの奥で働いていた。
病気になってから人との接触を避けて生活をするようになった美也子の唯一の趣味は,どこにでも生えている名前も知らない雑草を小さな鉢植えで育てることだった。
「この子だって調べればきっと素敵な名前があるのよ……。雑草か雑草じゃないかなんて,人間が勝手に決めたことでしょ……」
ときどき客に趣味を聞かれて答える度に,必ず言うセリフだった。それは自分という存在を雑草に例え,誰も興味を示してくれなくても自分はこの屋根裏のような場所にいることに気付いて欲しいと願っているようでもあった。
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