ママ

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 美也子はそんな二人に憧れ,もし自分の命があと何年もあるのなら,こんな関係になれるパートナーと出逢いたいと夢をみた。  静ママのところに来てからというもの,辛い治療は続いているが平穏な毎日を過ごすことができていた。客も美也子を冗談で口説くことはあっても,それ以上の関係にならないのはお互いにわかっていて,おかしな恋愛トラブルもなくこの距離感が美也子の心を落ち着かせた。  一ヵ月に一回の通院のほかに隔週でのカウンセリングもあったが,それですら今の美也子にとっては生きている証でもあった。かつては自分の性について悩み,父親から虐待を受け,学校でも虐められ,自死を覚悟した時期もあったが,いまでは自然に訪れるであろう死を受け入れられ,驚くほど他人の視線が気にならなくなっていた。  しかし平穏ではあっても,薬の副作用なのか突然押し寄せる気持ちの波は完全に抑えられる訳ではなく,日によっては静ママも手におえないことがあった。 「治療の目安になるCD4陽性リンパ球の数が500以上あるうちは生きていけるんだけど,下がったときは……私,お薬を呑むのをやめちゃうかも……」  HIV治療薬は一回でも呑み忘れると,その効果が急激に弱まってしまうことがあり,薬をやめることは命に直結する問題でもあった。数年前までは高額な薬を毎日大量に呑まなくてはならず,医療費を払えずに死を選ぶ患者も大勢いた。 「そうね……あんたみたいな子が死んでも誰も悲しまないけど,私と佳代は遠慮しないで人前で号泣するから。幽霊になって地獄から見てたらいいわ」 「ママたちが泣いたら,私,成仏できないよ……だから地獄にも行かない」 「あら? あんた成仏する気なの? 図々しいわね。まぁ,命日には必ずお墓にお花をお供えするし,あんたが幽霊になって私たちの枕元で泣きながらゴメンナサイ! ってお願いしにくるくらいピンクと紫の派手なお墓にしちゃうから。花は当然,黒と青の薔薇よ!」  そう言ってくれる静ママには美也子は感謝しかなかった。
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