憐情《れんじょう》の人

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憐情《れんじょう》の人

 憐情(れんじょう)という言葉には,人を(あわ)れむ心,寂しさと悲しさ,そしてどこか相手を見下す負の意味も含まれる。  人を憐れみ,嫉み,憎しみ,歪んだむ心がゆっくりと,静かに誰にも気づかれることなく,本人ですら知らぬうちに禍々しく育ち,いずれその歪んだ心は(あるじ)を崩壊してすべてをのみ込み露と消える。  それは陽の当たらない暗闇を好み,音をたてることなくゆっくりと静かに成長しながら,ある日突然,大きな音をたてながら苦痛と孤独のなかで精神(こころ)身体(からだ)を壊してすべてを奪ってゆく。  ゆっくりと自分が自分でなくなるその瞬間を,黙って苦痛に耐えながら観察し,身が引き千切られる感覚と恐ろしいほどに激しく脈打つ勃起を抑えながら,底の見えない闇へと沈んでゆく。  沈んだ暗闇の底から見上げる世界は,一切の光の届かない闇。そんな世界に巣食う者がみる夢もまた闇。その闇の中で蠢く微かに残る意識は徐々にその存在を消滅させる。  多くの人は死によってその存在を忘れられる。笑顔も喜びも悲しみも,その温もりすら人々の記憶から消滅してゆく。闇の中には焼かれて灰になり時間とともに人々の記憶から消え去ってゆく忘れられる存在のみを愛し,闇が死者を迎える直前に混じり合い快楽を堪能するも存在する。憐情の人として,その目に映るすべてを深い闇に葬り()でたい。
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