バレンタインデー

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バレンタインデー

 バレンタインデー当日、お茶を挽いてしまいました。  お客様がゼロで、どなたも見えなかったということです。  イベントの目玉のバレンタインデーにお茶っ挽きするなど初めてのことでさすがにショックを受けてしまいました。  女性達も、 「必ず来るって言うからマルコリーニの高いやつ買って来たのに…ひどい!」 「私なんか、三日もかけて手作りしたのよ!」 「これでホワイトデーは無しってことね」  怒ったりがっかりしたりしていました。  しょうがないので、お客様に差し上げる予定だったチョコをテーブルに広げて皆で食べました。  赤ワインも抜いて宴会モードになると、 「私、小学生の頃、好きだった男の子に上げたくてチョコを万引きしたことがあるのよね」 「それって、泥棒じゃん?」 「私は中学二年の時、ずうっと片想いしてた男子にチョコ渡したら、いらねぇって突っ返されて…あの時は悲しかったな」 「彼女がいたの?」 「ううん。ゲイだったの」  思い出話に花を咲かせていました。  彼女達の話を聞きながら、私にも何かなかったかなと思いを巡らせましたが、何も浮かんで来ません。  代わりにバブル時代のホワイトデーが思い起こされました。  上げたチョコの三倍返しとか五倍返しなどものでもなく、一部の女性は、100万円もするショパールの時計をもらったり、エルメスのバッグをプレゼントされたりしていました。    ユーミンの苗場のコンサートに招待されたり、ラーメンを食べるためだけに札幌に連れて行ってもらった女性もいました。  今にして思えば何と豪華なホワイトデーだったのでしょう。  そういえば私も、当時は入手困難と言われた国技館の升席のチケットをいただき、相撲好きの母に喜ばれたのを覚えています。  酔いが回ると近頃はやたらと景気の良かったバブル期を思い出します。  お客様が減ってお茶っ挽きもするようになり、気が弱っているのかもしれません。  十一時を過ぎてもお客様が見える気配がないので、残ったチョコを皆で分けて早上がりしました。  表に出たら案の定、ゴーストタウンのように街が静かでした。  知り合いの客引きが寒そうに立っていたのでチョコを渡して帰りました。  
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