魔法の言葉

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魔法の言葉

『座右の銘』をお持ちの方は多いと思いますが、私にも30年近く気持ちのより所にして来た言葉があります。 『その日の苦労はその日だけで十分である』  という聖書の言葉です。  この聖句はどこのどなたかわからない方から頂戴した暑中見舞いのハガキに刷られていました。  有名なマタイの福音書の一節であるのを知ったのはかなり後になってからです。  ハガキを頂いて数ヵ月も過ぎた頃でした。  辛い事があって泣いていると、 『その日の苦労はその日だけで十分である』  というこの言葉がふいに思い浮かびました。  すると涙が余計にあふれて止まらなくなったのを記憶しています。  しゃくりあげていた子供が母親に優しくされてなお一層泣きじゃくる…そうした心象だったと思います。  この日を境にこの言葉は、私に寄り添ってくれるようになりました。  イヤな事やどうにもできないやっかいごとを引きずった時など、 『大丈夫大丈夫、イヤな事は今日でおしまい!』  そう言い聞かせると不思議と気持ちが軽くなりました。  ハガキを頂戴してからかなり経っていましたが送り主が知りたくなり、来店されるお客様の片っ端に、 「お名前の最初に『田んぼの田』がつくお知り合いはいませんか?」  訊ねまくりました。    ご常連客のお連れ様と思いましたし、ハガキは捨ててしまったのですが、田所さんでしたか、田代さんでしたか、おぼろげにそういうお名前だったと思うのです。  差し出しの住所が会社ではなく、住まいだったのも残念でした。  ハガキを頂戴したあの頃は店を始めたばかりで、日々カリカリしていました。  何とか軌道に乗せたいとしゃかりきになって、胃炎や首が動かせない奇病にも見舞われていました。  今になって思えば、ハガキを下さった方は、ストレスが顔に出ていた私を哀れんでかの言葉を贈ってくれたのではないでしょうか?  近頃は年を重ねて図太くなったせいか、 『その日の苦労は…』  の言葉とはご無沙汰になっています。  ありがたいことです。  ハガキを下さった方とお会いするのは叶わないとあきらめていますが、せめて謝意を述べさせていただきたいと思います。    遅ればせですが、ここにありがとうございました。  幾度も幾度もこの言葉に助けていただきました。        
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