間一髪

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間一髪

 営業中、和美ママが憤慨した顔で入って来ました。  カウンターに座るなり、 「何んでもいいから強い酒ちょうだい」 「営業中にどうしたの?」 「営業中じゃないから来たのよ」  荒い語調でよくわからないことを言います。  ジンロックを作って渡すと一気に飲み干してしまいました。 「本当にどうしたのよ?」  隣に座って訊ねると、 「店の若い子達が集団退店しちゃったのよ。だから今日は休業!」 「ええっ!」  問いただすと、このところ当日欠勤が相次いで店の売り上げにも影響したので、以後は一万円の罰金を取り決め、さらには同伴をドタキャンしたり、バッグをおねだりした女性達もきびしく叱責したと言うのです。 「上等よ、やめたいんならやめなさいよ。給料は一円だって払わないから!」  和美ママは怒り心頭で息巻いています。  はんなりとした和服美人なのですが、性格のきつさは半端ありません。 「やり過ぎじゃないの?」 「損して得取りなさいよ」  いつもなら先輩風を吹かすのですが、今日ばかりは何も言えません。  どころか彼女の話を聞きながら冷や汗をかいていました。  実は今日出勤したら和美ママとほぼほぼ同じ事を当店の女性達に話そうとしていました。  ① 今月より当日欠勤者には五千円の罰金を課します。  ② 営業中に居眠りはNGです。  ③ 更衣室にこもらないで下さい。    (スマホのチェックに余念がな     いのです)  などなど12月の繁忙期に備えてでした。  当店の女性達は二人を除いて七人全員が『ゆとり世代』だったり『さとり世代』です。   和美ママの退店女性達も同じと思いますが、 「私達ってストレスに弱いのよね」 「そうそう。失敗を責められるとやめたくなるしね」  そうしたほざきを年中耳にしていましたし、お客様の、 「ちょっと注意しただけで次の日休みやがるんだよ。あいつら普通じゃないわ!」  嘆きも聞いていたので心していたつもりだったのですが、この年の瀬に我慢の限界に達したとはいえ、私は何をしようとしたのでしょう。  一歩間違えば和美ママと同じになっていたかもしれません。  思っただけでぞっとします。  和美ママ、ありがとう!  早いお時間に入って下さったお客様、おかげさまで難を逃れました。  お礼を言わずにはいられません。  
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