卒業

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卒業

卒業式の後、体育館にやってきた。 さすがにどの部活も卒業式の今日は使ってない。 たまたま、転がっていたバレーボールを手に取ってみる。 ーーーもぉ、ちゃんと片付けてないんだから… 咄嗟に打ってみたい衝動に駆られる。 ーーー誰もいないし…いいよね? コートの端に立ちサーブを決めた。 得意のドライブサーブ。 ーーー気持ちいい トン、トントントン…とボールがバウンドした後、体育館の隅にゆっくりと転がって行く。 視線で追うとーーー その先にはあいつが立っていた。 男子バレー部のキャプテンだったあいつが。 咄嗟に 「おう!」 と、わざとおどけて声を掛けてみる。 私の動揺は伝わっていないだろうか。そんなちっぽけな私の心配なんて他所に、 「おう!」 と、なんてことなく返してくるあいつ。 「それ、取ってよ。片付けなきゃ。」 すると、あいつは自分の足元に転がってきたボールを拾うとそのまま真っ直ぐ近づいてきた。 「投げてくれればいいって。」 近づかないでよ… お願いだから… そんな私の心の声なんて届くはずもなく。 「なぁ?」 「な、なによ。」 ぶっきらぼうに返事するのがやっと。 「俺達…」 先を聞くのが怖かった。 何故ならーーー 先月、目の前のこいつにチョコを渡したからだ。 本気の手作りチョコを。 けれどあいつはただ「おう、サンキュッ。」って受け取っただけでそれ以上、何も言わなかった。 そして今日までも何も言ってこない。 それが全て。 だからーーー この場から去りたい。 もう今日で卒業なんだし嬉しくない返事なんてわざわざ聞きたくない。 「私さ、もう行くから…あんたも彼女待ってんじゃないの?」 そう言ってあいつの横を通り過ぎようとしたら、 「終り。もう終わってんだよ。」 私の腕を掴みあいつが言った。 いつもいつも部活ではふざけあってばかりだった。 くだらないことを延々と話していつだって笑って。 いつしかそんなあいつの屈託ない笑顔が私だけに向けられればいいのにと思うようになっていた。 けれど今、これまで見たことのない真面目な顔して何かを伝えようとしている。 だよね… 正直、覚悟はしてたけど直接、聞くのはやはり辛いよ。 チョコの返事聞くのが辛い。 何故なら… 私はあいつに彼女がいるのを知っていて本気の手作りチョコを渡したから。 けれど今日で高校生活も終わりだ。 辛い現実だけどちゃんと受け止めよう。 そして、また明日から新しく始めればいい。 全ては今日で終わるのだから。 「そう、終わりだよね。うん、わかってる。ごめんね、なんか変に気を使わせてさ。でも、ほらもう卒業したしこの先、あんたとはもう会わない…うっ、」 途中で言葉を遮られた私はあいつに抱きしめられていた。 ボールがあいつの手から落ちて… トントントン… と体育館に転がる音だけが響く。 そしてーーー 「お前さ、勘違いしてる。」 「えっ?何を?」 直ぐ耳の近くで声が聞こえて心音がさらに激しく響いて内容が頭に入ってこない。 「だから、終わったのは俺とあいつの事。とっくに別れてる。」 そう言いながらさらに強く私を抱きしめる。 「俺とあいつが別れた理由。なんで終わったのか、お前、知らないだろ?」 「理由?」 「俺が…、お前の事をいつまでも諦められなかったから。」 「ええっ、諦めるって?」 抱きしめられている腕の中で少し顔を見上げて言う。 男子バレー部内でも一番背が高くそこそこ身長のある私でもかなり見上げる形になる。 「お前さ、好きなやついただろ?」 「好きなやつ…」 そう言われても今ひとつピンとこない。 だって、私の好きな人は目の前にーーー 「ほら、お前がよくしゃべってたあの男。名前なんて言ったけかな?うちらの隣のクラスだったあいつ。お前、堂々とチョコだって渡してたじゃん?だから、黙ってぶっきらぼうに渡してきた俺のは友チョコ的なのかなって…だから貰っても複雑過ぎてなにも言えなかった。だけどもう卒業だし最後にハッキリとちゃんと言おうと思って。」 隣のクラスのってもしかして? それは私の幼馴染のことだ。 幼馴染みに意識も何もない。 だからこそ、人前で堂々と渡せるんじゃん。 それにチョコをぶっきらぼうに渡したのは照れてたからなのに… てっきり本気の手作りチョコで伝わるかと勝手に思ってた… 漸く全部が理解できた。 だから、私こそ、ちゃんと説明しなきゃ。 「あの子はただの幼馴染み。そもそも手作りをあげたのはあんただけだし。それに、ぶっきらぼうに渡したのは…恥ずかしくて…好きな人にチョコ渡すの初めてだったから…」 「す、好きな人!えっ?ま、マジで?そうだったのか?」 「うん、マジで。そうだったの。」 「なんだよ…早く言えよ。」 「それはお互い様でしょうが。」 お互いにクスクスとどちらからともなく笑いだした。 3月は卒業の季節。 たくさんの思い出を胸に今日で高校生活を終える。 だけど、私たちはーーー ーーー今、漸く始まったばかりだ 終
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