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○●○●○
私がエレベーターから降りた瞬間、後ろから呼び止められた…
「あのっ…!」
6階の君に。
恐ろしく長く感じた沈黙をなんとかしたくてやっとの思いで声をだす。
「はい…」
だけどそれ以上、続かない。
なんだろう、この無言の間はどうしたらいいの?
しかも目の前の6階の君はいつもと違って引きつった顔で私をじっと見てるし。
あっ、もしかして背中になんかついてる?
それともスカートのファスナー開いてるけど言いづらいとか?
気になって思わず自分の背中を覗き込もうとしたら、
「あの…」
再び声が掛かる。
ただならぬ雰囲気と6階の君の顔の高揚から私の中にほんの少し期待感が芽生え始める。
「はい。」
だから、さっきよりもちゃんと目を見て返事をした。
すると、
「えっと…、このマンションからの眺めって良いですよね。」
「えっ…、眺め?」
「そう、眺め。東京タワーもチラッとだけどうちのベランダから見えるんですよ。」
しどろもどろになりながら必死に話を続けようしてくれる6階の君の姿に私は新たな感覚を覚えた。
いつも爽やかな笑顔といつだって余裕を感じる大人な振る舞いの彼なのに…
とても新鮮だ。
だからこそ、私もこの先の展開にさらに期待を込めて、
「4階からは見えませんが…、東京タワー良いですよね。」
と、私の思いを出来る限り乗せた笑顔で答える。
どうか私の思い伝わりますように。
「えっと…だから……、6階から見る眺めの方が見晴らしいいので…4階よりもたぶん…なのでうちから見てみます?っていや、いきなり部屋に誘うとかないわー、うわー、ヤバい。ああ、もう!すいませんっ!」
相変わらず開くのボタンを押したまま反対の手で顔を覆い焦りだす6階の君。
もうそれで十分。
次は私の番だ。
私が彼の方へ踏み出す番だ。
私は一歩進みニッコリと笑うと、
「ぜひ、見せていただけますか?その…6階からの眺めを…」
と言って再びエレベーターの中に戻る。
6階の君は私の言葉と行動にポカンとしたのも一瞬で、
「どうぞ」
と、これまで見た中で一番の優しい笑顔と声で応えてくれた。
私は彼の隣に並ぶとスッと手を伸ばし【閉】のボタンを押す。
けれどーーー
私達の恋の扉はたった今、開いたばかりだ。
【6階の君、4階の彼女】
終
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