10分前の彼

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10分前の彼

 8時47分、48分、49分… 50分…来た!! 「いらっしゃいませ!」 大学に通いながら駅前のコンビニでアルバイトをしている私には密かな楽しみがある。 それは毎日決まった時間に来るスーツの人。 スラッとした長身はスーツ姿をより引き立てどこにいても目を引く。 私はその人にいつしか一方通行の思いを寄せていた。 その人は決まって夜の8時50分にやってくる。 そう、午後9時10分前に。 毎回同じ時間なのはきっと会社帰りに電車から降りて真っ直ぐこのコンビニに来ているのだろう。 買うのはいつもお弁当1つだけ。 「温めますか?」 「お願いします。」 薄茶色した髪は触るととても柔らかそうな印象で、彼の甘いマスクによく似合っている。 形の整ったその唇は私の知らない女性(ひと)の名前を呼ぶのだろうか。 そんなことを思うだけで胸が少し痛む。 お弁当の温めを待つ間、私がこんなことを考えているなんて目の前の彼に知られる事はないし当然ながら私達にそれ以上の会話もない。 スーツの彼とのこの時間が嬉しくもあり、そして必要な会話以外何もないこの時間が虚しくもあり…… ピーピーと温めの終りを告げる電子レンジの機械音だけが規則正しく響く。 「お待たせしました。」 「ありがとう。」 と彼はいつも私に笑顔をくれる。 それは決して特別なものではないと解っていても、それでもすごく嬉しかったりする。 その嬉しさの余韻に浸りながら私はまもなく午後9時に仕事を終える。
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