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プロローグ
噛み合わない人がいる。
嫌いなわけじゃない。むしろ好きで、できることなら関係を深めたい。
けれど、そう思うほど空回る。
始業前のオフィスで、雪乃はこんな会話を耳にした。
「今日、氷室課長にプレゼント持ってきたんだあ」
「あ、そっか。誕生日、一昨日の土曜日だったんだよね。しまったなあ、私も用意すればよかった」
優秀な上司の誕生日についてわあきゃあと騒ぐ女性たち。その中に雪乃が加わることはない。ただ小さく溜め息をついた。
――誕生日だったなんて。当日に会ったんだから、教えてくれればいいのに。
胸中で不満を述べつつ、それは無理だっただろうと分かっている。
デートなのにひたすら逃げ腰で居心地悪そうにしている相手に、「今日誕生日なんだ」とは、冗談まじりでも言いにくい。
――付き合ってるはずなんだけどな。一応。
誕生日というが、彼が何歳になったのか正確なところを知らない。
恋人として、このままでいいはずがなかった。
雪乃だってもちろん、嫌われたくてこんな態度をとっているわけではない。
けれど、彼の前に出るとどうしても身体が硬くなって、やりとりがぎこちなくなってしまう。
ちぐはぐすぎるのだ。性格とか、感覚とか、考え方とか。
彼――氷室鷹瑛と雪乃の間では、さまざまなものが食い違っている。
端的にいうと、相性が悪いのだと思う。
別れたくはない。けれど、噛み合わない歯車を上手く回すには一体どうすればよいのだろう。
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